水上陽平の雑記

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「ある気功師は迷想中・2105」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/11 (Sun) 21:01:57


「迷説幸福論・118」

    「幸の項・Ⅲ・2」

固定概念。
コイツが厄介なのだ。
幸は気持ちの問題だと思っている。
幸は心で感じると思っている。
幸は魂に関係すると思っている。

ワシもそうだった。
これを書くまでは・・・
ワシには御筆先様が付く。
だから内容は考えてない。

確かに自分で書いてる。
でも、勝手に手が動く。
何も考えて無いのだ。
内容は後から読んで知るのだ。

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「ある気功師は迷想中・2104」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/10 (Sat) 22:10:04


「迷説幸福論・117」

    「幸の項・Ⅲ・1」

この世は見えるモノと見えないモノがある。
見えるモノと見えないモノが合わさっている。
見えるモノに見えないモノが付いているのだ。
この世は、そういう風に創られている。

心は見えない。
魂も見えない。
肉体は見える。
だから、肉体に心が付く。
肉体に魂が付く。
肉体に生命が付く。

幸は見えない。
だから、肉体に付く。
心や魂に付くのではない。
ここが勘違いしやすいところだ。

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「ある気功師は迷想中・2103」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/09 (Fri) 21:12:39


「迷説幸福論・116」

    「幸の項・Ⅱ・11」

幸は何に付くか?
当然、主人公に付く。
主人公以外に付いてらマヌケだ。
主人公は肉体。

心や魂は脇役。
脇役に幸を求めるから繋がらない。
難しいことではなかった。
勘違いしていただけだ。

肉体は誰でもある。
無いのは霊だけだ。
霊を魂ともいう。
(この世の)幸は霊には付かない。

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「ある気功師は迷想中・2102」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/08 (Thu) 21:00:27


「迷説幸福論・115」

    「幸の項・Ⅱ・10」

つまり、この世では魂が主体ではない。
この点を多くの精神世界解説が間違う。
宗教関係者が間違う。
この世は真実を語る場ではないのだ。

この世での主体は肉体だ。
当たり前なのだが、気づけない。
肉体より心が上等だと思ってしまう。
肉体より魂が上等だと思ってしまう。
そして、人はミエを貼る。

上等も下等もないのになぁ・・・
あるモノは全て同じだ。
役割が違うだけだ。
この世では、主人公が肉体となる。

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「ある気功師は迷想中・2101」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/07 (Wed) 20:56:37


「迷説幸福論・114」

    「幸の項・Ⅱ・9」

この世でアナタに付いているモノ。
最初から最後まで付いているモノ。
それは肉体だ。
心は移ろいだり、変わったりする。
だが、肉体だけは最後まで専用だ。

本体が魂だと仮定する。
魂は永遠だと仮定する。
魂は死なないと仮定する。
実相界では、そうかもしれない。
(誰も確かめられないけど・・・)

この世では魂は物質に宿る。
生物においては肉体に宿る。
この世が物質界だからだ。
物質には限度がある。
物質は有限な約束で存在するからだ。

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「ある気功師は迷想中・2100」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/06 (Tue) 21:02:43


「迷説幸福論・113」

    「幸の項・Ⅱ・8」

最初から幸に包まれている。
そういう表現でもいい。
ただし、宗教関係者は誘導する。
(この宗教の)神様が包んでいる・・・

神の概念により、その表現でもいい。
だが、全て包んでいるのだから言わなくてもいい。
その宗教を信じている人だけ特別は無いだろう。
信じる者だけを救うような神は、インチキだ。

幸は神や神様と別次元だ。
神や神様が幸を運ぶわけじゃない。
宗教組織は神や神様の名前を利用している。
幸は神に関係なく、アナタに付いている。

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「ある気功師は迷想中・2099」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/05 (Mon) 21:20:31


「迷説幸福論・112」

    「幸の項・Ⅱ・7」

この世では真実の幸はつかめない。
自分が真実でないからだ。
真実とは変わらないモノ。
だが、この世は自分を含めて無常である。

この世での「幸」は、この世専門の幸だ。
それならある。
だだし夢や(欲)望と混同しないでくれ。
夢や望みは、心が求めるものだ。
心は非常に不安定で不規則だ。
それは、それでいいものだけど・・・

真実の幸を求めると、不幸になる。
有限の時間を無駄にするからだ。
この世での幸は「有限の幸」なのだ。
有限だから、肉体に付いている。
生まれた時から、死ぬ時まで付いている。

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「ある気功師は迷想中・2098」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/04 (Sun) 21:02:12


「迷説幸福論・111」

    「幸の項・Ⅱ・6」

ホンモノの幸せを求める。
それが間違いだった。
ニセモノの幸せを求める。
それらは、結構つかんでいる。

安易に使われる言葉がある。
「夢は叶う」
この場合の夢は現実的だ。
だから、叶いやすい。
主軸を成すのは金だ。
幸せの代名詞としても使われる。

そういう幸せならつかめる。
現につかんでいる人達が大勢いる。
もちろん、条件があるだろう。
ワシもニセモノの幸せが欲しいのだが・・・
その条件にも当てはまらないようだ・・・

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「ある気功師は迷想中・2097」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/03 (Sat) 20:55:07


「迷説幸福論・110」

    「幸の項・Ⅱ・5」

この世は舞台。
舞台上で本名は通じない。
演技上で本職は通じない。
舞台では舞台用があるのだ。

キマジメな弟子達。
舞台なのに真実を迫った。
本名を求めた。
本来の仕事を求めた。
真実を求める事を煽った。

不幸なのは信者達。
自分の人生を他(宗教)に求めたからだが・・・
真実の幸福を求める。
真実の天国を求める。
現実(この世)を無視して・・・

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「ある気功師は迷想中・2096」 - 水上陽平(気功療法院)

2026/10/02 (Fri) 21:12:35


「迷説幸福論・109」

    「幸の項・Ⅱ・4」

偉大な宗教の欠陥。
立派故の落とし穴。
真実に迫った功績。
その功績は、落とし穴になる。

教祖といわれる偉人。
彼等は、どうやら知っていたらしい。
真実は人々を救えない事を。
だから、無理は言わなかったようだ。

真実を欠陥にしたのは弟子達。
組織を作り上げた人達だ。
教祖は組織を望んでなかったろう。
マジメで熱心な弟子達。
真実を求める「こだわり」が欠陥にした。

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